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Saida Ear,Nose & Throat Clinic

さいだ耳鼻咽喉科気管食道科クリニック

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Dr.さいだ  ヴォイスクリニック




T、はじめに


 声の異常はいろいろな原因で起こります。ここでは、代表的な声の病気、異常を紹介します。
声は、空気を肺に吸い込んでこれを出し(呼気と言います)、のどにある声帯という筋肉のひだを振動させて(声帯振動)、口から出す間に響きを付けたり、音色を変えたりして(共鳴、構音と言います) 音にすることにより成り立っています。さらに脳からはこれらをコントロールする命令(中枢)があり、これを伝えるコードの役目をする神経を伝わって行われます。
 
声の異常を考える場合は、声帯の異常だけではなく、これらの 呼気、声帯振動、共鳴、構音、中枢、神経 といった発声のメカニズムを考えながら、原因を調べる必要があります。声帯に異常がなくても、精神的に落ち込んだりして良い声が出なくなることは、声を大切にしている方であればどなたでも経験があると思います。一般に言われているような声帯のみのトラブルの解決では、声の異常は良くならないのです。すなわち発声のメカニズムを考えて声の異常を知ることは最も大切なことだと考えます。

発声の勉強を自分で始めようとする時、身近に指導者がいない場合は、まず本を探したり、インターネットで調べたりすると思います。しかし市販されているヴォイストレーニングや発声の本、インターネットの資料の中には、医学的に間違ったことも多く書かれています。その多くは経験を中心に述べられていて科学的な裏付けが少ないためだと推測します。伝統的な発声法の習得には、経験論はたいへん重要なのですが、科学的に声の出し方を研究し、声のトラブルを起こさないようにする姿勢も大切だと考えています。そこで、いろいろな資料を参考にする場合は、耳鼻咽喉科や解剖学の専門医の校閲がある物が良いと思います。興味がおありでしたら医学書も参考になさってください。のどの構造や声帯振動は立体的で、かつ動きが複雑です。
機会がありましたら、ビデオや実践でご説明する、私の あなたの声を良くするレクチャーコンサート(リンク) にお越しください。
代表的な声の病気や治療法を紹介してみました。施設により一部考え方が違う場合もあると思いますがご参考になればと思います。


U、発声のメカニズムから考えた部位別の声の異常を起こす病気

異常な部位 代表的な病気
呼気 喘息、肺炎、気管支炎、胸部打撲など外傷 による呼吸障害など
声帯振動 声帯ポリープ、結節、癌、風邪、声帯溝症、喉頭外傷など
共鳴、構音 口腔内の腫瘍、鼻ポリープ、種々の形態異常 など
中枢、神経 脳梗塞、脳出血、脳腫瘍、心因性、脳からの神経伝達異常 など



V、代表的な声の異常を起こす病気について

 声の異常を起こす病気はいろいろありますが、受診される方が多いと思われる病気を紹介いたします。

病名 声帯画像 コメント
急性声帯炎
慢性声帯炎



風邪は鼻咽喉頭の炎症で、日常臨床で最も多い疾患の一つです。炎症が気管に及ぶと気管支炎を併発し、咽頭痛のみでなく咳が生じます。咳が起きると激しく左右の声帯がぶつかりあい、声帯の縁を痛めることになります。軽度の風邪でも、声帯は炎症を起こし、ストロボスコープ使用の内視鏡では、声帯振動の異常を認めることができます。歌手などのプロフェッショナルボイスでは、軽度の風邪でも放置しないで、早めの治療をした方がよいでしょう。市販薬の中には、のどの渇きをおこし声帯振動を悪くして声を出しにくくするものもありますので、注意が必要です。
写真の例では、重度の気管支炎を併発し、膿性の痰が認められます。声帯も赤くなりむくんでいます。
急性声帯炎は適当な治療と声の安静で完治しますが、声の酷使が多い歌手などの方は、安静にできないため、慢性化するケースがあります。声帯縁が厚く肥厚し 肥厚性声帯炎といえる病態になるケースもあります。ダミ声での発声は可能ですが、歌唱などにおいてきれいな澄んだ声は不可能になります。大声を出すベテランの教師の方や市場のせり などで大声を出す方は、職業上の声として諦めている方もあると思いますが、一度は専門医で声帯をチェックしていただき、悪性所見がないか どうか診察していただければ安心と思います。
声帯結節



声帯縁の隆起で一般的には硬い性状のものを声帯結節と言います。通常は左右両側性で声帯縁中央で、歌手などハードボイスユーザーに多い疾患です。声は息漏れのするような声になりますが、軽度なものでは日常支障はなく、歌唱など高音発声時のみ異常が生じます。写真上は、息を吸っている時で、下は発声時です。ストロボスコープ使用の内視鏡では、声帯振動の状況が詳細にわかり、さらにEGG使用により、発声法の違いによる声帯振動の状態を知ることができ、結節の広がりや硬さなど性状を知ることができます。下の写真は声帯結節があり、さらに右ポリープができたものです。声帯の病変はこのようにしばしば、いろいろなタイプが合わさる場合があります。
声帯ポリープ



声帯に種々の硬さや大きさの隆起ができる疾患で、声はダミ声になったりかすれ声になったりします。声帯粘膜の毛細血管が拡張しポリープ状になったものもあり、なかには、それが破綻し声帯出血を起こす場合もあります。声の酷使や咳払いなど声帯の機械的刺激で、循環障害.が起き発症すると考えられています。喫煙が影響を与えていることも多いようです。小さなポリープは通常のファイバースコープや電子内視鏡では確認が難しいことがありますが、ストロボスコープ使用の内視鏡では、声帯振動の確認により、小さな病変でもはっきりするケースが多くあります(下写真)。組織学的には結節とは区別できませんが、形態で区別しています。
ポリープの色調や発生状況から、腫瘍も考えなければならず、組織検査が必要な場合もあります。
ポリープ様声帯
(ラインケの浮腫)




声帯がブヨブヨに腫れ上がって水ブクレになった状態で、ヘビースモーカーに多い疾患です。声は低く、ガラガラ声になります。重症になると呼吸苦もでてきます。
通常両側性ですが、片側のみ大きく腫れることもあります。軽度なものでは、声帯粘膜のむくみは、ストロボスコープ使用の内視鏡で声帯振動時の粘膜の波動の異状として観察することが可能です。
原因は喫煙のことが多いので、禁煙は治療のため最重要です。最近は若い女性の喫煙者が多くなりました。喫煙でこの病気になり声が低くダミ声になってしまう方も多くなりました。女性の愛煙家で声が低くかすれてきたら、特にこの病気に注意が必要です。ファッション感覚で始めた喫煙は、声を老けさせ健康を奪っていきます。
声帯嚢砲

声帯の縁に隆起した部位が認められる疾患で、かすれ声になります。軽度なものは、歌手などボイスユーザーの方に多く、日常会話は問題なくても歌唱時のみトラブルになったりします。気づかれずになんとなく声が調子悪いなど放置されることも多いようです。水胞やニキビのような膿胞が声帯にできその周りが隆起したもので、一見声帯結節のようにも見えることもあります。大きなものは、通常の内視鏡で観察可能ですが、小さなものは、ストロボスコープ使用の内視鏡で、声帯振動時に内容の膿胞が透けて見えることで確認されます。結節と違い発声法の改善のみではよくならないケースもあり、場合により手術が効果的です。
声帯出血



声帯粘膜には毛細血管が多数あり、声帯縁に沿って平行に流れています。声帯が振動すると毛細血管走行とは垂直の力が加わることになり、血管の危弱な部位で破綻を起こし、粘膜の下で血液が血管外に流れ写真のように発赤することがあります。(リンク)急に声が重くなったりかすれぎみになったりしますが、発声は可能なので気付かれないこともあります。声を使用せず安静にしていれば、改善しますが、歌手、俳優などヘビーボイスユーザーの方では、声帯出血で声が重いのを無理をして発声し、出血が増加、悪化して声帯片縁が硬くなり結節やポリープに変化していくこともあります。ストロボスコープ使用の内視鏡では声帯粘膜波動を確認できますので、血管破綻部位の断定と、その後の治療方針の決定をすることができます。
比較的女性に多く、生理前後5日以内で、鎮痛剤を内服し咳払い、声の酷使で起きることが多いようです。心臓病などで血液をサラサラにする薬の内服で声を酷使する方にも多いようです。
声が重くなって、いつもと違うような場合は、パフォーマーの方は常に頭に入れておいてください。
喉頭腫瘍
白班症など
(非良性疾患)






喉頭にはいろいろなタイプの腫瘍ができます。声帯が硬くなる角化症、白色になる白班症などは前癌状態と言われている病気で、声のかすれが軽度で日常支障がなくても、組織検査を行い癌への変化を調べなければいけません。
良性の腫瘍としては、乳頭腫が多く、しばしば悪性化することがあるため、組織検査を行いながら治療及び経過観察する必要があります。
悪性腫瘍は癌がほとんどで、耳鼻咽喉科の中で喉頭が最も発生率が高い部位になります。声は初期では、軽度の声のかすれですが、進行すると硬い感じでしぼりだすようなガラガラ声になったりします。発声場所が声帯の縁であれば、早くから声の異常が出現しますが、声帯上や下であれば(上が多い)声の異常の症状がなかなかでずに声帯縁に進行するまで、のどの異物感 くらいで気付かれずにいることもあるので注意が必要です。癌のほとんどの方は、ヘビースモーカーで、非喫煙者の 32倍もの発生率と言われています。禁煙の実施と啓蒙運動は喉頭癌の予防と再発防止に必要です。愛煙家の方で声のかすれやのどの異物感が生じた場合は専門医を受診してください。
声帯溝症、
弓状声帯、
声帯萎縮症
声帯の縁に溝があるために、声帯が閉じた時にスキマができ声がかすれてしまう病態ですが、日常生活に支障がなければ放置してかまいません。大きな声がでないため会話で疲れたり、息切れするような場合は治療が可能です。溝がない場合、声帯が弓状になっているものを弓状声帯や萎縮症といったりします。ご高齢の方はどなたでも多少の萎縮傾向があり大きな声が出しづらくなりますが、コーラスなどで声を使っている方は年齢による変化を感じさせない場合もあります。声帯に萎縮傾向や溝症があっても、発声の仕方で、困らずに過ごせる場合もあります。
反回神経マヒ




声帯は息を吸う時や声を出さずに息を出す時には開いていますが、声を出す時は閉じます。これを声帯の呼吸による開閉運動と言います。声帯が閉じている時に声帯縁が小さく振動して空気の断裂を起こし音を作り出す声帯振動とは分けて考えます。前者の声帯の開閉運動は、脳幹よりでた迷走神経から分かれた反回神経がコントロールを行っていますが、この神経に異常がある場合、反回神経マヒといい声帯の開閉運動に支障をきたします。図上は左のマヒ(写真では右)で上の吸気時も発声時も左声帯は動いていません。声は息漏れのするかすれ声になり声が長く続きません。原因は多くありますが、臨床的に注意しなければいけないのが、肺癌、食道癌、甲状腺癌です。風邪などに引き続き起きるヴィールス性のものや原因不明のものもあります。息漏れのする声のかすれが長く続く場合は、この病気を疑い専門医を受診してください。胸部外科や甲状腺手術などの後で起こる場合もあります。
けいれん性発声障害 動きの異常なので
静止画像では正常です。
声がふるえる病気はいろいろあります。そのうちの一つで神経筋の伝達機構に異常があり発症すると言われています。声のふるえ、ゆれで日常発声困難なものから、気付かれないものまで重症度もさまざまです。診断がつきにくく診療内科等に紹介されることもありますが、声帯振動と開閉運動をストロボスコープ使用の内視鏡で精査すると診断が容易になる場合があります。声帯には、一見異常がないので、耳鼻咽喉科専門医でも診断が難しいケースもあるようです。
心因性発声障害
動きの異常なので
静止画像では正常です
なんらかの心因で声が出なくなる疾患で、のどに力が入りすぎる過緊張性発声で出なくなる場合と、逆に力が入らなくて声がでない、低緊張性発声により声が出なくなるケースがあります。ヒステリー失声症も含まれます。診療内科等でのトランキライザーによるのどの渇きで悪化する場合もあります。多くのケースは呼気と声帯を閉じるバランスがくずれて発症しますので、適切な発声指導で改善します。
変声障害 など 動きの異常なので
静止画像では正常です。
男児で高校生以降になっても、高い声のままで、仕事や学校仲間にひやかされ、自分の声にコンプレックスを持ってしまうことがあります。たいていは遷延性変声障害で、心療内科に行ったり、深く悩んでしまうこともあるようです。これは、子供の頃の声の高さを維持しようとして、発育した声帯が地声ではなく、裏声発声をして高い声を維持しようとしてしまうからです。手術を行う施設もあるようですが、発声の指導により完治可能です。
声帯の合わせ方を知りながら声帯振動を調べる、EGGを使い発声状況をリアルタイムで知り発声指導に役立てることも可能です。(リンク)
性同一症候群の方は、女性のような高い声を希望されることがあり、これとは逆の裏声発声の指導を行います。



W、声の異常を起こす病気の治療について

 音声障害を起こす疾患は、以上のようにいろいろあります。”歌が命”という患者さんご本人から考えると、声帯結節でも難治性のものは悪性なのですが、医学的には悪性腫瘍の疑いがあり生命の危険がある場合を耳鼻咽喉科的には悪性の病気としています、以降 良性 と 非良性(悪性の疑いあり)に分けて記述しました。


 A. 良性の声の病気


良性の声の病気の治療方法は、大きく分けて3つに分けられます。
治療側としては、この3つの方法を適時組み合わせて行うことになります。

 1.保存的治療

 炎症性疾患が声の病気の多くをしめるので、声帯の炎症を抑える治療が大切になります。薬物の内服療法と吸入療法、声帯の安静のための発声制限が、保存的治療と言えます。細菌感染が考えられる場合は、抗生物質の投与が必要になります。炎症を起こすと、声帯は充血とむくみが起きますから、声帯に直接薬液を噴霧する吸入療法は特に効果的です。薬物作用による治療のみでなく声帯を加湿することによっても、声帯振動に必要な気道液の補充と言う意味で声帯振動が改善されるので有効になります。また加温による毛細血管の拡張は、声帯の局所循環を改善する効果もあるので、温熱による吸入自体にも効果があります。しかし感染がある場合炎症を進ませてしまうこともあるので、病気の状態による治療法の判断が大切です。

 ステロイド内服処方の功罪
 歌手などの方で声が急に出しにくくなる場合、耳鼻科医でステロイドを処方される場合があります。これにより一時的に歌唱などで仕事を行うことが可能な場合もあります。しかし内服によるステロイド長期併用により、声帯の毛細血管の透過性が亢進し、声の酷使により声帯微細毛細血管の出血を繰り返し慢性声帯炎になっていくことがあります。この状態での声の酷使により、さらに増悪し慢性声帯炎は進展していきます。
参照:研究(微細毛細血管の走行)へリンク。
また血圧や糖尿病の悪化などステロイドによる副作用がでてしまったりするトラブルを見ることもあります。
パフォーマーの方は、毎日が声の酷使の連続です。一時的な声の治療でなく、本人の声の使用状況、社会状況を充分に考えた長い目でみた治療が必要と考えています。


 2.音声外科

 声の改善を外科的に行う積極的治療でケースによりいろいろな手術法が行われています。

  @.ポリープや結節、嚢胞など隆起性の声帯の病気の場合

 隆起性病変では発声時に声帯の合わさりが悪くなり、声帯振動が不良となり声のかすれなどを起こすため、原因となる隆起を切除手術し声帯振動を改善し声を良くする方法です。手術の可否の判断は、病変の大きさ、部位、性状などをストロボスコープ使用の内視鏡で調べる他、声の使用状況や術後の安静など本人の社会的背景も考えながら決める必要があります。

手術方法は、ファイバースコープによる方法、直達鏡による方法(仰向けで頭を下げ口より金属性の筒状の器具を挿入)、間接喉頭鏡(小さな口の中に入れる鏡)を使用する方法 があります。のどは敏感な部位なので手術では麻酔が必要です。麻酔法は局所麻酔、全身麻酔に大きく分けられます。
従来は、外来での間接喉頭鏡や直達鏡による手術方法、入院での全身麻酔下による顕微鏡下直達鏡手術が行われていました。しかし昨今、健康保険法の改正があり、外来での局所麻酔下によるファイバースコープによる声帯ポリープ手術も保険適応となりました。

   声帯ポリープ(結節)切除術の手術法による長所

手術方法 日数に
よる負担
金額の負担 麻酔方法 手術時の苦痛度 手術及び
麻酔時間
手術の精度 術中の声帯振動の確認
1 ファイバースコープによる方法 外来
日帰り
容易
少ない
3割の方で4万円位
局所 術者による(小) 術者による(短い) 施設、術者による
拡大モニターシステム
施設による
ストロボ使用で可能
2 間接喉頭鏡による方法 外来
日帰り
容易
少ない 局所 術者による(中) 術者による(短い) 施設、術者による
拡大鏡
施設による
ストロボ使用で可能
3 直達鏡による方法 外来
日帰り
容易
少ない 局所 術者による(大) 術者による(中) 施設、術者による
拡大鏡
施設による
ストロボ使用で可能
4 全身麻酔による直達鏡による法(マイクロラリンゴサージェリー) 入院 多い
入院で
3割の場合15万円位
全身 意識がなし
特殊麻酔では意識あり
のどの反射が強い人でも可能
術者による(長い)
麻酔にかかる時間が必要
施設、術者による
顕微鏡
筋肉が弛緩しているので、
取り過ぎに注意
ストロボ使用不可のため、術中での声帯振動
の確認ができない

  A. 声帯溝症、弓状声帯 など声帯萎縮性病変、反回神経マヒの場合

 発声時に声帯間にスキマができるためかすれ声になってしまうので、このスキマを少なくするいくつかの手術法が行われています。

@.声帯内コラーゲン注入術
前述のすべての方法で可能ですが、注入用コラーゲンは美容外科でのしわとりで使われているカートリッジに入っているものなので、容易に清潔に使用が可能です。特殊な注入器具を使えばファイバースコープ下での注入術が可能で、一定期間、皮内反応で様子を見てから行います。直接、皮膚より喉頭に注入する方法もあり、病態やのどの反射の状態で決める、術者の経験と技術が重要な手術法です。

A.脂肪、筋膜 等の注入、挿入述
自分の体の組織の一部を使うので、拒絶反応の心配はありませんが、採取や消毒など手間がかかるため、全身麻酔で通常行われます。
採取部位に傷がつく場合があります。

B.甲状軟骨形成術
声帯は甲状軟骨(喉仏の軟骨)の中央の高さに位置します。この軟骨の一部に切れ目を入れ外側からシリコンブロックなどを使い圧迫すると、萎縮やマヒした声帯は内側に押さえられ、声帯間のスキマを少なくして声を改善することが可能です。理想的には本人の意識がある局所麻酔下で声を確認しながら行うのが良いですが、技術的に難しいため施設により麻酔法は異なります。

C. 被裂軟骨内転術 
前述の術式に含める場合もあります。反回神経マヒに対して、マヒした声帯の軟骨部分(被裂軟骨)を糸で引っ張り声帯が閉じている位置に整復する方法です。声帯の閉じた時の位置(縦方向の高さ)も矯正でき、異物を使用せずに行える優れた方法ですが、前述と同様に皮膚に傷が残る可能性があります。


 3.音声治療
 
 声は呼気で声帯を振動させて音にすることから成りますが、声帯や呼吸器など個々の発声器官に異常がなくても、この協調運動が悪いと声は悪くなります。声帯模写では、通常は健康で正常な声の人が、発声の仕方次第でいろいろな声に変えられます。良い発声の仕方を会得していれば、風邪などで声帯のコンディションが悪くても、ベテランのパフォーマーならある程度は仕事での発声が可能なことがあります。発声法(声の出し方)は、良い声を出すためにはとても大切で、きれいな声帯を作ろうと耳鼻咽喉科医が手術という手法で努力しても、良い発声法の会得なくしては、良い声は生まれてきません。良い楽器があっても正しい使い方をしらなければ、良い音がでないのと同じです。使い方が良ければ、その楽器の性能を最大限に引き出すことも可能です。

今日まで、声の使い方について声の治療担当者である耳鼻咽喉科医は、関心をしめさない傾向が多い風潮がありました。医師自身が発声法を実践的に会得する必要があるため、避けてきた経緯があります。しかし欧米では、古くから発声法改善による声の治療を、音声治療(ボイステラピー)として行っており、最近やっとこの重要性が耳鼻咽喉科のごく一部に浸透してきました。

 声の病気の中で、発声という行為そのものに原因がある場合は、すべて音声治療の適応となります。従来より歌手に多いとされる声帯結節は、発声法の改善なくしては手術しても再発があり完治は望めません。発声法の改善のみでも、結節は良くなり声が良くなるケースが多くあります。声帯ポリープ、ポリープ様声帯も、声の使い方により、発症の要因といわれる声帯粘膜内の微小出血を起こさせる程度が変わってくるので、結節ほどではありませんが、補助的な治療として音声治療は有効でしょう。結節、ポリープ、ポリープ様声帯など炎症性声帯隆起性病変は、音声治療の適応といえます。

 心因性発声障害は、なんらかの心因により声が出せなくなる病気です。のどの間違った部位に力が入りすぎたり、息を出すタイミングとのどの声帯を閉じるタイミングが悪いなどで、正しい声帯振動を得られずおこるので、発声を矯正する音声治療は最も効果的な治療法です。

 変声障害は、成人になっても声の高さを保とうと間違った声帯の使い方をすることから起こる病気ですから、声の使い方、正しい発声を指導する音声治療は、最も良い治療です。適切な音声治療であれば、たいていの方は完治します。

 けいれん性発声障害は治療が難しい病気の一つですが、いろいろな治療と組み合わせながら音声治療を行うと効果がある場合があります。
 声帯結節、声帯ポリープなど、声帯手術のみでも治療効果は得られます。しかし手術は基本的に声帯をきれいにするだけですから、発声法がもとのままでは、声は良くなりません。不適切な発声による声の酷使という病気の発症原因を考えれば、音声治療は全ての声帯手術の後で行わなければいけない治療法だと思います。

 以上のように音声治療は、発声のメカニズムを考えれば、全ての声の病気の治療に有効と言っていいと思います。医師自体が机の上だけでない実践的な発声法の勉強をする必要があるので、まだまだ日本では認識が浅い分野ですが、今後耳鼻咽喉科医の中にも必要性が浸透していくことと思います。


以上良性の声の治療には、1.保存的治療、2.音声外科、3.音声治療 とありますが、.受診される方の病気の状態,声の使用状況や使い方など、社会的な要因なども考慮しながら、これらの方法を適時組み合わせて行われています。



 B.非良性の声帯の病気

 喉頭には、さまざまなタイプの悪性腫瘍が発生します。組織のタイプにより病気の進展や治療法などが大きく異なるため組織を調べることは、たいへん重要です。多くは扁平上皮癌で、ごくまれに腺癌ですが、悪性リンパ腫 などさまざまな組織のタイプの腫瘍の報告もあります。また白班症、角化症 など前癌状態といわれる疾患もあり、良性の腫瘍で多い乳頭腫は、しばしば悪性化するケースがあるため、悪性腫瘍に準じて扱われることもあります。
 これらの病気が声帯に発生すると、何らかの声の異常が出現します。これらの病気では、通常の声帯粘膜より硬いため、声帯振動に影響を与えやすく、ストロボスコープによる内視鏡検査では声帯振動の異常も知ることができるため病気の声帯における進展度も知ることが可能です。
内視鏡検査でこれらの非良性の疾患が疑われる場合は、組織検査をすることになります。のどの反射(のどの奥を調べる時、ゲー となること)が少ない人はファイバースコープで声帯ポリープ手術のような組織検査を行うことも可能ですが、のどの反射が強いひとは 全身麻酔下で顕微鏡を使い観察しながら組織を採取する必要があります。施設によっては、手術中に迅速病理検査を行い、悪性所見がでれば採取部位を直ちにレーザーで焼く治療も行っています。

 近年、新しい検査法として、手術中に特殊な内視鏡(コンタクト内視鏡という)を組織に先端を接触させ、ビデオカメラに接続した画像を 400倍まで拡大し手術中に病変の切除なしに組織検査をする機器が開発されました。従来、採取組織から顕微鏡検査用の標本を作るという時間のかかる面倒なことをしなくてはならなかったものが、手術室に病理の専門医がいれば、その場で悪性か、否かの判定が可能という画期的なもので、その場に病理医がいなくても画像を インターネットで遠方の複数の病理医に送り 病理診断が可能という遠隔地医療などでも期待されるシステムです。迅速な組織診断により即座に、レーザー照射や切除手術などに取り掛かれるため、組織採取後の腫瘍の進展と再度の全身麻酔による手術リスクを避けることが可能で、今後の日常的な治療の一環として行われることを私は期待しています。(リンク)
右写真は、コンタクト内視鏡で見た声帯粘膜内の比較的太い毛細血管と染色された声帯粘膜の正常細胞

 組織検査で悪性の診断がでれば、初期のものであれば、レーザー照射、放射線治療、腫瘍切除術 が行われていますが、治療方法は腫瘍の進展度、部位、入院加療希望か など患者さんと家族の希望 など総合的に判断して決められています。
中等度であれば、喉頭部分切除など腫瘍を摘出する手術を主に、放射線治療、免疫療法が行われ、進行している場合は、喉頭全摘手術、放射線療法、免疫療法が行われています。喉頭を全摘出すると、声が出なくなりますが、それに代わるような代用音声として、電気喉頭や食道発声があります。また気管からの呼気を手術で作った管(気管咽頭ろう)やチューブを通してのどの奥に導き発声する方法などいろいろあり、術後、社会復帰し再び第一線で代用音声を使い活躍されている方もたくさんいらっしゃいます。喉頭全摘出イコール社会生活不能ではありません。

 腫瘍の治療法は、組織のタイプ、進行度、部位、治療施設の設備、医療スタッフ、患者さんの年齢、合併症の有無、全身状態や御家族の看護支援の状況、治療後の社会生活の形態 などさまざまな要因があり一様ではありません。医療スタッフと充分に検討の上決められることになります。手術が終了しても最低5年間は、再発のチェック など必要になりますから、無理のない治療計画を立てる必要があります。また近年では緩和ケアの普及が充実しつつあります。痛みの少ない、患者さんに優しい医療が行われつつあると思います。

 悪性腫瘍が自分の体に発見されることは、たいへんなストレスでご本人、家族すべてが、気落ちする大事件であると思います。しかし現在の喉頭癌の治癒率は大幅に改善されていて、患者さんと家族により負担が少ないよう、医療サイドも努力していますので、腫瘍の発見で気落ちすることなく積極的に、なんでも相談しながらより少しでも良い治療が受けられるよう、医療スタッフや家族の方と励ましあいながら病気と闘っていってほしいと思います。

 私は幼少の頃、祖父を喉頭癌で亡くしております。早期発見であれば必ず助かる喉頭癌で、不幸な方が出ないよう、声の健康の啓蒙運動”あなたの声を良くするレクチャーコンサートでも、声に異常があれば少しでも早く お近くの医療機関を受診するよう勧めています。
 


 以上 現在国内の耳鼻咽喉科施設で行われている 主な声に関する病気と治療法について若干の私見も加えて記述しました。施設によっても、担当する医師によっても、病気に対する考え方や患者さんの声の悩みに対する考え方によっても、実際に行われる医療には違いがあります。また現在の医療が健康保険法の枠組みの中で行われている場合がほとんど という現実もあるため、必ずしも最善の治療が行われない場合もあります。しかし ファイバースコープでの声帯ポリープ手術など、以前はほとんど入院で全身麻酔で行われた手術も、外来で健康保険でできるようになり、患者さんサイドに立った医療に変貌しつつあります。声の医療に関するこれらの情報提示が皆様の声の治療や声の悩みの解決、また皆様のお近くの耳鼻咽喉科受診のきっかけになれば 幸いと思います。

さいだ耳鼻咽喉科クリニック
院長 斉田 晴仁

さいだクリニックでの日帰り声帯手術について リンク


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